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Led Zeppelin

♪White Summer / Black Mountain Side(Jimmy Page Solo)



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fairy-wren:

Black Crowned Tityra. Photo by Ricardo Gentil

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ozu-teapot:

Vivre Sa Vie - Jean-Luc Godard - 1962

Anna Karina

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suicidewatch:

The Velvet Underground: Lou Reed, Sterling Morrison and John Cale, rehearsing photos by Stephen Shore, ca 1965

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soap

♪blood(Biff Sound Clips)



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i-love-art:

Bouquet of Flowers, Paul Cézanne 

c. 1879

(出典: dappledwithshadow)

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今回のお題は「学びと労働」である。

どうして子どもたちは学ぶことを拒むようになったのか、どうして若者たちは「クリエイティブな仕事」を求めて転職を重ねるようになったのかという、このところよく訊かれるお題である。それは「消費文化」のせいであるとお答えする。

「消費文化」とは「人間は消費を通じて自己実現する」というイデオロギーのことである。どんな家に住み、どんな家具を並べ、どんな服を着て、どんな車に乗り、どんな音楽を聴き、どんなレストランでどんなワインを選ぶか・・・といった一連の「商品選択」を通じてその人の「個性」は表現されるという考え方のことである。

現在のメディアが「個性的な」という形容詞で記述している人間的行為の99%は「どんな商品を購入しているのか」という水準で語られる。

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ある学生から「やりたいことがあるんですけれど、お金がないので、それがやれません」という泣訴を聴いた。私は「そんなことを言っている人間は一生何もできん」と冷たく突き放した(私はときどき氷のように冷たくなる)。

「自分の個性」の発現を「商品購入行動」として観念していると、「まず金が要る」という結論にしか帰着しない。

「自分らしい生き方をしたい」
「そのためには『自分らしい生き方』を記号的に表象する商品を購入しなければならない」
「金がない」
「自分らしい生き方ができない」
終わり。

このような推論形式で「おのれの不能」を定式化している限り、出口はない。「手っ取り早く金を稼ぐにはどうすればいいのか?」というより功利的なシフトするが関の山である。

「自分らしい生き方は商品購入によってしか発現できない」というのは1980年代から日本全国を覆いつくした消費文化イデオロギーである。
そのイデオロギーの内側にとどまる限り、そこで人々が身をよじるようにして絞り出す唯一現実的な言葉は「もっと金を」である。

学びが機能しないのは、子どもたちが「学び」を「商品(知識、技能、学歴など)の購入」という消費のスキームでとらえているからである。
労働のモチベーションが維持できないのは、若者たちが「労働」を「商品(昇給昇進、威信、権力、情報など)の購入」という消費のスキームでとらえているからである。
消費のスキームの内側にとどまる限り、欲しい商品が手に入らない理由は「対価として差し出すものがない」というかたちでしか説明できない。

学びや労働を商取引のタームで考えれば、「金」に相当するのは「努力」である。
努力を対価として成果を得る。
当たり前のことだ。

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fairy-wren:

Golden Crowned Kinglet. Photo by Sam Bobbing.

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kingcreative:

Dean Bowen: Bee Eater, 2009 Oil on Linen 45 x 53 cm

source: Dean Bowen

(出典: ymutate)