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tail-lights:

Wow! Susan Sontag’s personal copy of Finnegans Wake by James Joyce*

Literature & Books
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ethereallune:

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yourpossiblepasts:

ewanmcgregoring:

Time Of The Season - The Zombies

I LOVE THIS SONG THANK YOU TUMBLR FOR KNOWING MY FEELSSS

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botanical study

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mmtki:

2013-01-25

(出典: tomub)

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iaintnobodyswhore:

Patti Smith

Milwaukee, 1976

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Glenn Gould

♪Mozart, fantasia In D minor K. 397



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何よりあらゆるイノベーションは母語の領域で行われるということが決定的である。

私たち誰でも母語においては新しい言い回し、ネオロジスム、それまでにない音韻、文法的破格を行う自由を有する。それによって母語は不断に富裕化している。

ある語をその辞書的意味とは違う文脈で用いることが「できる」という権能は母語話者だけに許されている。

今の日本の若者たちは「やばい」という形容詞を「すばらしく快適である」という意味で用いるが、それを誤用だから止めろということは私たちにはできない。

けれども、例えば私が「与えた」というのをgaveではなくgivedと言いたい、その方がなんか「かっこいい」からと主張しても、それは永遠に誤用のままであり、それが英語の語彙に登録されることは絶対にない。

知的イノベーションというのは、こう言ってよければ、そこにあるものをそれまでと違う文脈に置き直して、それまで誰も気づかなかった相に照明を当てることである。だが、そのような自由が許されるのは母語運用領域においてだけなのである。

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知的イノベーションは母語によってしか担われない。

成長したのちに学んだ英語によっては「すでに英語話者が知っている概念」を表現することはできるが、「まだ英語話者が知らない概念」を語ることはできない。語ってもいいが、誰も理解してくれない。

母語ならそれができる。母語話者の誰もがそれまで知らなかった概念や思念や感覚であっても、母語なら口にした瞬間に「それ、わかる」と目を輝かせる人が出てくる。

記号が湧出してくる「土壌」を母語話者たちは共有しているからである。その非分節的な「土壌」から生起するものは潜在的には母語話者全員に共有されている。だから、「わかる」。それがイノベーションを励起するのである。

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rllt:

Charlotte Gainsbourg by Stefan Heinrichs

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